空を舞う金魚

「雑誌のところに居ないから探しちゃったよ。渡瀬くんは今、帰り?」

「そうです。この後はお二人で、ですか?」

「そうだけど、出来れば職場ではあんまり言わないでおいて欲しいな」

砂本の言葉に、渡瀬は微笑んで頷いた。さっき千秋を射抜いて見てきた視線を感じさせない、穏やかな笑みだ。千秋の心の何処かが、渡瀬を怖いと思ってる。器用に裏表を使い分ける渡瀬は、あの卒業式の日に千秋を見つめてきていた一生懸命な渡瀬ではなかった。千秋があの時を繰り返し思い出して変われなかった間に、渡瀬はあの日を思い出しながら変わったのだ。

「行こうか、綾城さん」

砂本に促されなかったら、暗い気持ちになってその場に立ち尽くしてしまっていたかもしれない。はっとなって砂本に頷くと、砂本がぽん、と千秋の背中に触れた。……少し、安心できたかもしれない。千秋はほっと息を吐き出した。
……渡瀬が千秋と砂本の後姿を見送っていたのを、千秋は気が付かなかった。

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