空を舞う金魚

それは金魚だから楽しめるのであって、きらきら輝く水面近くは千秋にとって息がしにくいだけだ。それでも渡瀬は諦めない。

「行こうよ。俺は綾城さんと色々思い出作りたい」

思い出……。渡瀬も植山に会って、新しい気持ちの中で、千秋のことを思い出にしようとしているのだろうか。千秋の心の中で、やわらかな日差しの中、渡瀬が千秋をまっすぐ見たあの日の記憶は、間違いなく思い出だけど。

ね、と微笑まれて、背中をぽんと押された。それだけで進んでしまう足。隣をすり抜けていく渡瀬くんは、なんて軽やかに歩くんだろう。ひらひら揺れる尾ひれが視えるような、空気を感じさせない歩み。

一歩、足を踏み出してみる。互い違いに歩みを進めて、滝川や渡瀬のように歩けなくても一歩ずつ進んでいく。その先に、千秋なりの思い出が出来るなら、それは嬉しいことだろうなあと、心の何処かで思った。

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