偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「櫂くんにとって本当に大切な女性はたったひとりだけよ。その人以外は皆同じなの。私もあなたもね」


「なにを、おっしゃっているのか、わかりません」


掠れた声で返答するだけで精一杯だ。

胸の奥から込み上げてくる、焦りとも悲しみともつかない気持ちに心を埋め尽くされて余裕がもてない。

心の奥に氷塊を埋め込まれたかのように胸が痛い。


「勘違いしないように忠告してあげているのよ。私みたいに婚約破棄だけならまだしも、なにも知らない斎田さんが傷ついたらかわいそうだと思って」


「櫂人さんは、嘘をつくような人ではありません」


「そうね、あなたをわざわざ身代わりにして婚約者にしたんだもの。一応真実よね。本当にやり手だわ。ねえ、櫂くんが栗本家きっての優秀な人物だと言われる理由を知ってる?」


「……いえ」


「櫂くんは使える駒は全部使う人なの。目的を遂げるために手段を選ばない」


「……それは、時と場合によるのでは?」


彼のそんな一面を知らない私は軽々しい意見を口にできない。

頬の内側をギュッと噛みしめる。


「さあ? せっかくの提携話を断りたくない、今だからかしら?」


質問に質問で返される。

彼女が入籍について示唆しているのだと容易にわかった。

失礼するわ、と可愛らしく肩を竦め、上田さんは私に背を向けて、軽やかに歩き出す。

後ろから黒塗りの高級車が追いかけていた。

上田さんのすぐそばに停車した車から降りて来た運転手が、後部座席の扉を開け、彼女が乗り込む。

その一連の動作を私は茫然と眺めていた。
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