偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「引き留めてしまってごめんなさい。私は少しメイクを直してから戻るわ。……斎田さん、顔色が悪いようだけれど大丈夫?」


「平気です。きっと、少し驚いたせいです」


無理やり口角を引き上げる。

この場から早く離れたい。

叶うなら今すぐひとりになって頭の中を整理したい。


「そうよね……栗本副社長にお伝えしてきましょうか?」


「いえ、自分で伝えます」


「わかったわ。でも気をつけてね。今日お話できてよかったわ」


「私もです。助けていただいてありがとうございました」


お礼を口にして、軽く頭を下げる。

お手洗いの外に出て、ふうと小さく息を吐く。

ほんの少し息苦しさが緩和された気がした。


「藍」


よく知った声に名を呼ばれ振り向くと、貴臣くんが立っていた。


「どこにいたんだ? いないから捜したよ」


いつもと変わらない屈託のない口調に気持ちが緩む。


「ちょっとお手洗い」


……よかった、普通に話せてる。


「そうか。そのドレスよく似合ってる。あれ藍、なんだか顔色が悪くないか?」


「そう? 照明のせいだよ、きっと」


貴臣くんにまで指摘されるなんて、それほど私の顔色は酷いのだろうか。


「なにかあったのか? 体調が悪いのか?」


私の誤魔化しを一蹴して、眉間に皺を寄せ心配する兄代わりに鼻の奥がツンとした。

額に大きな、よく知った手が触れる。

変わらない温もりにホッとする自分がいた。

思わず抱え込んだ胸の内を吐露しそうになる。

甘えてはいけないし、なんの解決にならないとわかっているのに。
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