偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「大丈夫……」


そう言って兄代わりの手を外そうとした瞬間、グイッと身体が後ろに引き寄せられた。

不安定に後ろに傾く私の身体をふわりと嗅ぎなれた香りが包み込む。


「藍」


腰に大きな手が触れ、抱き込まれる。


「櫂人さん?」


今、一番会いたくて会いたくなかった人。

落ち着いていた鼓動がドクンとひとつ大きな音を立てた。


「なかなか戻ってこないから心配した」


端的に呟かれた声は心なしかいつもより低い。


「ご、ごめんなさい」


「なにか、あったか?」


「ううん、なにもないわ」


「……綾に会ったんじゃないのか?」


彼が口にした名前に肩がビクリと揺れる。


「どうして?」


「アイツがお前に嫌がらせをされたと言って来た」


「まさか、藍がそんな真似をするわけないだろ」


憤慨したように貴臣くんが言う。


「藍を疑ってるわけじゃない。なにがあったのか聞きたいんだ。後々トラブルになると困るだろう」


落ち着き払った私への返答に、心が瞬時に凍りつく。


トラブルになると困るから? 


だから気にしてくれていたの? 


邪推しすぎだと思うのに、悪い考えが止まらない。

指先が一気に温度を失って冷えていく。
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