偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
その後、つつがなく挨拶を終えた櫂人さんは私を招待客に紹介した。


「私事ですがこの度、かねてよりお付き合いを重ねてまいりました斎田藍さんと婚約いたしました。入籍、挙式についてはまだ未定ですが今後ふたりで話し合っていくつもりです」


そう言って私を壇上に呼びよせる彼の眼差しは蕩けるように甘く、まるで心底愛されているかのような錯覚に陥る。


――そんなはずはないのに。


気づかなければよかった。

知らなければよかった。


ふいに見回した招待客の中に白坂さんの姿を見つけた。

きっと彼も白坂さんの姿に気づいているはずだ。


本当にこのまま私と結婚するつもり?


あなたが一番好きなのは誰?


割れんばかりの歓声の中、差し出された彼の骨ばった指に触れるのを一瞬躊躇う。


この手を取って、私たちは幸せになれる?


白坂さんには想う相手がいる。

だからこそ、私がこの人の相手に選ばれた。

でも、白坂さんはまだ入籍前だし、今なら間に合う。

私がいなくなって、知り合う前に戻ればいいだけだ。


いつまでも手を取らない私に焦れたのか、彼が強引に指を絡める。

伝わる体温と長い指の感触に胸が詰まる。

彼の視線に促されて壇上で必死に笑みを浮かべる。

まるで私が世界で一番幸せなのだと宣言するかのように。

あれほど高揚した気持ちで袖を通したドレスが急速に色を失っていく。
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