偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
いつの間に、こんなにも好きになっていたんだろう。


出会いは最悪で、早々に嫌われてさっさと婚約解消、破棄してほしいと願っていた。

いくら有能で見目麗しくても、こんな傲慢かつ自意識過剰な男性はお断りだと思っていたのに。


彼の弱さを、努力を、優しさと思いやりをともに過ごす時間の中で知った。

嘘のない態度と笑顔が嬉しかった。

私の名前を呼ぶ低音、抱きしめてくれる腕の力強さと少し高めの体温、甘いキスもなにもかも、嫌になるくらい鮮明に覚えている。


叶わないとわかっているのに、心があの人を求めてやまない。

彼の幸せを祈るべきなのに、いつの間にか櫂人さんの一番になりたいと願ってしまった。


だからこそ、婚姻届を出せなかった。

私の我儘な恋心でこれ以上櫂人さんを傷つけたくない。

好きな人を不幸にはできない。


「ーーそれで書類は揃っているのに出さなかったのね」


子どもの言い訳のような、纏まりのない話の一部始終を黙って聞いてくれていた蘭子さんが、合点がいったと言わんばかりに声を上げた。


「ごめんなさいね、私が馬鹿正直に栗本副社長に答えてしまったから」


「いいえ、向き合わずにずっと逃げていた私が悪いんです。遅かれ早かれこうなる運命だったんだと思います」


「どうして?」


蘭子さんが穏やかな声で尋ねる。
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