偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「お前は自分の順番をすぐ後ろに並んでいた男性に譲ったんだ」


彼の言葉に記憶が繋がる。

すぐ後ろにひとりの長身の男性が立っていた。

その人は急いでいるのか、仕事らしき電話をずっとしていて、さらには傘をもっていないのか着ている高級そうなスーツが濡れていた。

タクシー乗り場には屋根があるが、風邪をひかないだろうかと気になった。

それで思わず声をかけた。


「なんでそんな前の出来事を……」


櫂人さんが知ってるの? 


当事者の私でさえ、忘れていたくらいなのに。


「……お前が譲った相手は俺だ」


「ええっ?」


「次の約束まで少し時間が空いて、近くにある購入予定の物件にひとりで向かった帰りだった。いつもなら車で移動するのだが周辺状況も見たいと思って歩いていたんだ。ところが急激な天気の変化に立ち往生して、次の約束にも遅れそうになっていた」


真木の反対を振り切って無理にスケジュールを詰め込んだせいだと自嘲気味に話す。


「なんとか時間の変更を真木に頼んだはいいが焦りは募るし、身体は冷えてくるしさすがに堪えていた。そこをお前に助けられた」


「でも私、特別なにかをしたわけじゃ……」


「いや、順番を譲ってくれたおかげで仕事はうまくいったし、結果として風邪もひかずに済んだ。藍にとっては些細な行動でも俺にとっては一生忘れられないくらい衝撃的な出来事だった」


「大袈裟だよ」


「でもあの後、お前は長い時間タクシーを待っただろ?」


寒い中俺の代わりに待たせてごめん、と彼は申し訳なさげに告げる。
< 199 / 208 >

この作品をシェア

pagetop