偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
確かにあの後数十分は待った記憶がある。

けれどあのときの彼は何度も辞退して、せめて相乗りしないか言ってくれた。

行き先が真逆のため無理だったが、とても申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

しかも丁重に幾度もお礼を告げてくれた。

誰かの役に立った、感謝してもらえた、それだけで私はその日幸せな気分になった。


「でも櫂人さんの役に立てて嬉しかったわ。私は傘も持っていたし」


「……お前のそういうところに俺は惹かれたんだ」


「櫂人さん?」


「これまで俺の背景、財産目当て、もしくはただ外見にだけ惹かれて寄ってくる女性がほとんどだった。皆なにかしらの下心が透けて見えていた。だからあの日、なんの打算もなく俺に話しかけてきたお前に驚いたんだ」


そういえば最初に振り返って声をかけたとき、とても警戒されていた気がする。


「しかも藍は名乗りもしないし、俺の素性も聞こうとしなかっただろ」


「タクシーを譲るだけで普通そこまで詮索しないし、名乗らないと思うけど」


「それは藍だからだな。俺が今まで出会って来た女性たちはそうじゃなかった。少しでも機会があればそれに飛びつくような人ばかりだった」


疲れたような彼の声音に真実なのだと思い知る。


「そんな女性たちにとても好感なんてもてなかった。それなのに祖父からは早く伴侶を見つけろとせっつかれ、縁談は毎日のように持ち込まれてうんざりしていた」


「櫂人さん……」


「藍はただなにも言わず明るく笑って、青色のハンカチも差し出してくれた。……そんな人に初めて出会ったよ」


甘やかな視線を向けられて息を呑む。
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