マリオネット★クライシス
「さっきのあいつ、猪熊って呼んでたっけ? よくあんな古いビルの中にユウがいること、わかったと思わない?」
どうしてかな? って目で問いかけられて、ギョッとフリーズ。
その通りだ。この広い東京で、たった一人の居場所をピンポイントで突き止めるとか、偶然にしては出来すぎてる。
じゃあ、もしかして本当に?
……っでもでも!
このスマホは、事務所とは関係ないやつだよ?
貸与されてる子もいるけど、わたしは完全に自前だ。
一体いつ、アプリなんて……
とは思うものの。
状況を考えれば、ジェイの方が正しいのは間違いなさそうだ、と通話拒否ボタンをタップした。
追跡アプリ――きっとそれは、わたしたち所属タレントを危険から守るためなんだろう。
その考えはなんとなくわかる。
でも本人に内緒で勝手にインストールって、さすがにそれはないと思う。
結局のところ、タレントなんて都合よく動かせる使い捨てのお人形で。だからプライバシーなんて考慮してやる必要はない、そんな風に解釈できちゃうじゃない。
考えてるうちに、胸の内に怒りが積みあがって――そこに寂しさとか無力感とか、いろんな感情がミックスジュースみたいにごちゃまぜになった状態のまま、わたしの指はラインの画面を開いていた。
そして罪悪感を振り払うように素早く操作して、夜には必ず馬淵さんの所へ行くこと、それまで時間がほしいことを猪熊さんあてに書き込み、送信。
そのまま電源をオフにした。
隣に座る彼が、何者かはわからない。
危険な人だって可能性もゼロじゃない。
けど……今はどうしても戻りたくないと、思ってしまったんだ。