子作り政略婚のはずが、冷徹御曹司は蕩ける愛欲を注ぎ込む
 牧師の言葉もなにも耳に入ってこなかった。だって私は今から神聖な結婚の誓いを穢し、神様に嘘を吐こうとしている。

「それでは、誓いのキスを」

 麻痺したように動かない頭でも、そっと促す声の意味は理解できた。

 うつむいたまま、隣にいる彼の方へと身体を向ける。

 手が震えるのは、彼がどんな顔で私を見るのか恐ろしかったからだ。

 唇を噛み締めて顔を上げ、彼の手が薄いベールを持ち上げるところを見た。

 だけど途中で彼の手が止まる。

 その顔には信じられないものを見た衝撃と戸惑いが浮かんだ。

「おまえは誰だ」

 牧師にさえ聞こえない、私だけに向けられた冷たい言葉。

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