バスストップ
テストまであと数日という土曜日、図書館で勉強していると、俺と同じ学校のメイの友達とかいう男に遭遇した。

あの日、俺とナイトの目の前をメイと通過していった男。

「ミツルくんもテスト勉強??」

ミツルとかいう男はチラチラとこちらを見ながらメイに「うん、そう…。」と気のない返事をしている。
俺はなんだか居づらさを感じて、本を探しに行こうと立ち上がってその場から去った。

5分以上経っただろうか。
ミツルが俺を探していたかのように本棚の向こうから顔を出す。
「あの、一緒の学校の千代先輩っすよね。」
「そうだけど。」
「なんか、あの、ぶしつけですけど、メイちゃんと、付き合ってるとか?」
やたらと区切って話すんだな、向こうも戸惑ってるのか。
「いや、付き合ってないけど。」
この返答って、正解か?
事実としては正しいけど、俺としては正解か??
「あ、なんだ。そっすか。あ、すんません。突然。あ、じゃあ…」
と気休め程度の会釈をしてどこかへと消えていく。

付き合ってないけど、なんだ?

メイがいる所へ戻りながら、ぼーっとペンを指でまわしている彼女の顔を見た。
土曜日が楽しい。
どこかで土曜日のことを楽しみにしながら毎日を過ごしている。
もしこれが今日で最後だったら、来週の土曜日俺は何してるんだろう。
毎週土曜日、これからメイがミツルという男と図書館に来ることになったら?
学校の帰り道、こないだみたいにメイとアイツが歩いて行くのを目で追うことしかできなくなったら?

俺が見ているのに気づいてないメイは、あくびをして、自分で考えて勉強するのをやめて、俺の書いた模範解答を盗み見ている。

年下IQミジンコめ。

でも、これからもお前に勉強教えるのは、俺だ。
眉間に力を入れて、「カンニングしてんなよ。」と静かな声で言うと、メイが「チッ」と舌打ちをした。

出た舌打ち。と思ったけれど、なんだか笑ってしまうのを止められなかった。

図書館を出て歩く。
いつもメイが少し前を歩いている。
背後から舌打ちされちゃたまんないからな。
その時、メイがいつもみたいに絵本を借りていないことに気づいた。

「メイ、今日は本借りなかったんだ?」
「あー…そうだね、うん。」

おい、じゃあ、来週は?
毎週、お前の絵本返却に付き合って図書館に来る前提になってただろ。

だんだんと日が長くなって、17時を過ぎてもまだまだ明るい。
これからゆっくりとたっぷりの時間をかけてだんだんと暗くなっていく。

来週は図書館無しか……。
横を流れる細い川を覗き込みながら歩く彼女の背中に向かって
「メイ。」
と呼んだ。
聞こえなかったのか返事がない。
「メイ。……メイ!」

相変わらず近所の買い物みたいにテロんとしたゆるめのミニワンピース。
肩からずり落ちそうなカーディガンを着て、足元はまさかのビーチサンダルだ。

「レイタ、パンくず持ってない?」
振り返ったメイが言う。
「持ってるわけないだろ。っつか、川にパン捨てるな。」
大体考えてることはわかるようになってきたぞ。
メイと一緒に川を覗き込むと、たしかに魚がいる。

「夏の補習、なんとか回避できそう?」
「さぁ、どうだろーね。テスト次第。」
テスト次第?
どういう意味だ。お前の勉強次第だろう。
やっぱ何考えてるかわからないぞ。

すぐに前言撤回してしまっている。

「メイ、嫌じゃないの?」
「何が?」
「補習回避できたら、俺にご褒美って…。」

メイが俺の顔を見たまま少し考えて「ああ!」と思い出したようだった。
「自分が景品みたいに扱われて、嫌じゃないわけ?」
とメイの顔を直視できずに視線をそらす。
「ああ、まあ、たしかに景品は嫌だな。」

「俺は…景品だと思ってないよ。」
「は?」
IQミジンコにはもっとわかりやすく。
極めて単刀直入に。
「俺、多分メイのこと好きだ。」
メイが声にならない驚きを体で表現して、カーディガンがずるりと肩からずり落ちた。
「だから、お前が俺のこと好きでもなんでもなかったら、ご褒美とかいらないから。」
そう言ってズレたカーディガンを肩に戻してやって、再び歩き始めた。
< 10 / 13 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop