君が好きだと気づくまで

6.契約

ピピピ、と鳴るいつものアラームに眉が寄る。
どこだ、と目を閉じたまま手探りでスマートフォンを探す。
「うん……?あれ、今日講義ない日じゃん……」
二度寝しなきゃ、と再び布団の中にもそもそと入ったのだが、
「おはよーございます」
べりっと布団を剥がされた。
「遠山……なにすんのよ。寝かせてよ」
と唸りながらも目が開かない。ダメだ眠い。今日はホントに眠い日だ。もう瞼が上がらない。
と思ったのだが、
「え、遠山?なんで」
思ってもない人物が部屋の中に居たことで、目が瞬時に見開かれた。次いで、昨晩の記憶がだんだん鮮明に蘇ってきた。
「……私が、連れ込んだんでしたね」
酒は飲んでも呑まれるな、とはよく言ったものだ。やってしまった。普段の自分なら絶対にそんなことしないのに。あのときは情緒不安定なこともあって、酒に頼って……ああもう全部アルコールのせいだ。
「ご迷惑をおかけしました」
深々頭を下げると、
「うんまぁ……布団には自分で行ってほしかったわ。おあずけされて、手ぇ出さなかったのは褒めてほしい」
「おあ……っうん、ごめん。あの、今度なにか奢るね」
どんな顔すればいいのかわからない。あとどうやって解散すればいいのかわからない。
さてどうやって追い出すか、と頭を上げると、
「久しぶりに再会した先輩が、まさか欲求不満だったとは……」
意地の悪い目が向けられた。

前言撤回。コイツの記憶をどうにか消去しなければ。

「あの……忘れて?ほんとになにか今度……何でもするから」
しまった、と思ったときには既に遅く、遠山はにやっと笑った。
「何でもですね?それ今度じゃなきゃダメですか?」
「え……今できることなの?」
嫌な予感しかない。
「できます。モモ先輩さえ了承してくれれば」
ごくり、と喉のなる音が部屋に響く。

「ちょっとの間でいいから、彼女役やってくんない?」

遠山の言葉を脳が理解できなかった。「彼女」?「役」?「ちょっと」?
いろいろとツッコミたいが、とりあえずその内容がどんなものだろうと、これに対する「ノー」と答える権利が私にはない。

「……わかった。あんまりわかってないけど、わかった。彼女の役をすればいいのね?」
「うん。半年」
「そう、半年ね。わかっ……半年?」
コイツの「ちょっと」の期間は半年なのか。それとも付き合うという期間の中で半年は「ちょっと」の期間なのか。

「サークルで彼女連れてこいって言われたんだけど、別れたばっかりで。どーしよっかなって思ってたからちょうど良かったです」
と悪びれもなく言ってのけた。
「それでどうして半年?」
「大会が半年先にあって、そこで紹介しろってことに」
都合のいい女として使われるということか。気に食わないが、これでチャラにしてくれるなら仕方ない。彼女「役」なわけだし。
「わかった。彼女役やる。だけど約束して。ボイスレコーダーの前で、『五月二十四日のことで脅したりはしない』って。あとこれ破ったらホントに人として軽蔑するからね」
睨みながらスマートフォンを前に突き出すと、遠山はあっさりと「わかりました」と承諾した。
なぜ彼女お披露目が半年先なのか、もちろん疑問ではあった。けど、そこまで気になっていたわけでもないためスルーした。

「あ、そうだ。もし好きな人か彼女できたら言ってよ?誤解されて困るのは遠山なんだから」
大学は出会いが多い。もしかしたら明日にでも好きな人ができるかもしれない。
気を使っての発言だったのだけど、なぜか「うわぁ」という口以上に語る表情を向けられた。
「まぁ、先輩もそうなるかもしれませんからね。そうなったときは言ってください。そいつと先輩を切り離します」
「遠慮するとか誤解を解くとか別れる選択肢はないのね」
もしかしてコイツわたしのことが、なんて漫画のような展開を想像して独り笑う。

その答えは半年後に明らかになるのだが、そのときの私が知るはずもない。

かくして私たちは、無事(?)契約上の彼氏彼女となった。
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