君が好きだと気づくまで

7.変わった関係

さて、彼氏彼女役を演じることになった私たちだが、著しい変化はないだろうと思っていたのだが──……。
大学の食堂でスマートフォンをいじっていると、ピロンという音がした。
音的にメッセージの受信を知らせるものだった。
たぶんあいつだろう、と予測しながらアプリを起動させる。
『今日は唐揚げ定食にしました』
という写真付きのメッセージがきていた。案の定、奴──遠山からのものだった。

あの日こと契約締結の日以降、遠山からマメに連絡が入るようになった。
メッセージ履歴の上部に男子の名前があるのは新鮮で、なんとなく目がいく。
『美味しそう。こっちは日替わりにしました』
片手で文字を打ち、行儀は悪いがもう片方の手でコロッケを割る。サクッとした食感が売りの、一日限定五十食のコロッケは、昼休みになる前に注文しないと食べることができない。
こういう好物の「限定」がつくご飯を食べるたびに、二限の授業を履修していなかった自分を褒めそやす。

と、大抵メッセージのやり取りはこんな感じで一区切りつくのだけども、この日は違った。

『今日って暇ですか?』

唐突な切り出しに、一瞬文字を打つ手と白飯をはさんでいた箸が止まる。
『授業はこのあと一コマだけあるけど。なんで?』
なんで、なんて白々しい。だいたい要件は想像できるというのに。でも勘違いかもしれない。ここは慎重に返信したっておかしくないはずだ。
などと言い訳を己の心の内で吐き出していると、手元のスマートフォンがまた鳴った。

『見たかった映画あるんで付き合ってほしいです』

勘違いではなかったようだ。どう返すべきか少し迷って、結局『了解』の二文字だけを送信した。他になんて返せばいいのかわからなかったというのもあるし、『楽しみ』なんて送るガラでもない。

自分の素っ気ない文面を見返し軽く自己嫌悪していたら、画面の上部にメッセージを受信したことを知らせるバナーが表示された。
おそるおそる開く。

そして、……──閉じた。

わざとではない。断じてわざとではないのだが、自然と手がそう動いてしまった。
「…………こんな恥ずかしいこと、前だったら絶対言わないくせに」
送られてきたメッセージを睨みつけ、既読スルーにしておく。
顔が熱い気がするが、たぶん、きっと、おそらく、気のせいだ。このメッセージに動揺したからとか、照れたとか、そんなことではない。……はずだ。

『断られなくてほっとしました』

後輩としてではない文面に、ちょっと驚いただけだ。決して「カワイイやつ」とか思ったわけではない。

「……なんでメッセだと敬語なんだか」
変なとこでマジメなのは相変らずのようだ。
こういうギャップともいえない「ちょっと意外な一面」に弱いのは、全国の女子に通ずるものがある気がする。

どんどんアイツのペースに乗せられている。
それはやっぱり癪に障る。
スマートフォンをスイスイ操作し、とある人に連絡を入れておく。
すると既読がすぐにつき、数分のやり取りで『オッケ』と許可がでた。その文字を前に口角が上がる。

「次は私がペースを乱してやろうじゃん」

独り呟き、茶碗を掴んで米を胃に収める。
食べ終えた盆を戻した私は、軽やかな足取りで講義室へと向かった。
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