白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~

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 常人の場合、魔力が溜まっている古代魔術の遺跡に足を踏みいれると、頭痛がしたり精神になんらかの異常を来したりすることが多いのだが、ノーザンクロスの一族であるローザベルと、彼女との婚姻によって古民族の守護を与えられたウィルバーからすれば、虫に刺される程度のちょっとした変化に過ぎなかった。ローザベルはこれを「空気の質が変わりましたね」と当たり前のように受け入れている。

 花の離宮の遺跡部分は改修された城や庭園と異なり、神秘的な雰囲気を残していた。夜の澄んだ空気にほのかに混じるのは薔薇の花の香りだ。庭園に植えられた四季咲きの薔薇が見頃を迎えているから、こちらまで甘い花の匂いが漂ってくるのだろう。
 庭園の隅に隠されていた半地下になっている階段を降りると、おおきな空間が現れる。王城にある舞踏会の会場のようにも見えるが、もともとは裁判や処刑を行うための場所だ。いまはなにも物が置かれていないため、がらんとしている。

「奥にもお部屋があるのですね。右側は石室なのでしょうか」
「ローザ、勝手に行かない!」
「大丈夫ですよ、光の精霊さんが光源を貸してくださってますから」
「そういう問題じゃないって!」
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