仮面の貴公子は不器用令嬢に愛を乞う
男性は腰を落ち着けたユーリスに恭しくワイングラスを差し出した。
「事情聴取お疲れ様でございました。お疲れでしょう、どうぞこちらをお飲みください。皇帝陛下のおはからいです」
「ああ、ありがとう」
報告をしに行ったときは何も言っていなかったが、馬車を寄越しワインまで用意するとは皇帝がどこまでも自分を心配し気を使ってくれていることにユーリスは素直に感謝した。
馬車が走り出し、くいっとワインを飲み、車窓の流れる景色を眺める。
ベリルたちもさることながらフローラも心配して今頃やきもきしていることだろう。
早く帰って彼女を安心させてやりたいと、フローラの笑顔を思い出しほうっとため息をつくと、やはり疲れているのか脱力感に襲われた。

……その後は、何も覚えていない。
気が付けば頭痛がして誰かの話声が聞こえ、先ほどの状況になっていた。
あのワインに睡眠薬でも仕込んでいたのだろう。
見かけたことのない初老の男性に皇帝の名を出され油断したユーリスはまんまと騙されたのだ。

「くそっ……」
初老の男と目覚めたときに聞こえた男の声は違う気がした。実行犯とは別にユーリスの醜聞を広め陥れたい誰かがいる。
人通りのない大通りをよろよろと歩き言い知れない憤りに舌打ちをした。
早くヒルト邸に帰りたいが馬車は通っていないし、もしいても仮面がないので火傷後を隠すことができずに見られて驚かれ下手をすれば乗車拒否される。
八方ふさがりの事態に苦い思いを嚙み締めたユーリスはここがどこだか改めて見回し、見覚えのある屋敷を見つけると近くに頼れる男がいたことに気がついた。

< 154 / 202 >

この作品をシェア

pagetop