愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様

 阿古羅の言葉に、思わず目を見開く。

「……ありがとう。そんな風に言ってくれて」
 戸惑いながら、俺は礼を言った。

 たとえその言葉が仮に俺の弱みを握るための偽善の言葉だとしても、とても嬉しい言葉だと思ったから。

「おう。じゃ、飯作るからちょっと待ってて。すぐできるから。ウインナーは食べれる?」
「うん」
「ならよかった。目玉焼きとスクランブルエッグはどっちがいい?」
「 ……スクランブルエッグ」
 虐待のことが頭によぎって、俺は阿古羅の問いに小さな声で答えた。

 目玉焼きは好きではない。

 十歳くらいの時に父さんに生卵を投げつけられた記憶があるから。半熟の目玉焼きはその時こびりついた生卵の黄味みたいに少しどろどろしてるから、いつも食べようとすると投げられた時の記憶がよみがえってきて、吐き気に襲われるんだ。
「はぁー。なんでそんなに元気ないんだよ。もしかして、あのまま死んでた方が良かったとか思ってんの?」
 阿古羅がしゃがみこんで、俺の顔を不安げに覗き込む。

「それは思ってない」
 俺は慌てて、首を振った。

「じゃあなんでそんなに元気ないんだよ」
 俺を見て、阿古羅は本当かとでもいうかのように眉間に寄せる。

 随分納得していない感じだ。

「そんなことない。元気だよ。大丈夫」
 俺は阿古羅に、嘘を付いた。

 阿古羅が父親に言われて俺の弱みを握ろうとしている可能性をまだ否定しきれなかったし、何かの拍子に虐待のことを思い出すのなんていつものことだし、それくらい本当に大丈夫だから。

「……から」
 顔を伏せたまま、阿古羅はか細い小さな声で言った。

「え?」

「俺の前では強がらなくていいから。大丈夫とか言わないで、辛かったら辛いって言っていいから」
 聞き返すと、今度は顔を上げて、しっかりと俺の目を見据えて阿古羅は言った。

「……うん、ありがとう。でも本当に大丈夫」
 俺はそれにまた作り笑いをして頷いた。
 この笑顔の裏に何があるか分からなかったから。

 俺はその後阿古羅が作ってくれたご飯を食べると、阿古羅から着替えとタオルを貸してもらって風呂に入った。昨日から風呂に入ってなかったから。
 風呂は三点式ユニットバスで、トイレと洗面所と風呂が、同じ空間にあった。きっとその方が金がかからないからだろう。
 風呂を出ると、俺はすぐに身体を拭いて部屋着に着替えた。

< 62 / 158 >

この作品をシェア

pagetop