私の婚約者には好きな人がいる
悲しいというより、困った気持ちになる。
お父様やお兄様が清永に融通をきかせているのも事実。
だから、それを否定するわけにはいかなかった。
閑井さんが私を心配そうに見ていた。

「あ、あの」

「私は平気です」

営業部にすたすたと入って行くと、おしゃべりが止まり、話を聞かれた人達が気まずそうに私を見ていた。

「こちらに置きますね」

さっきまで、笑っていたのが、嘘みたいに静かだった。
営業部のフロアから出る前に向きなおり、言った。

「コピーだって立派な仕事です。おしゃべりをされているよりは会社に貢献していると思いますけど。いかがでしょう?」

全員が青い顔をしていた。

「次の場所に行かなくてはなりませんから、失礼します」

営業部からは何も聞こえなくなった。

「高辻さん、すごいですね」

「すごい……ですか?」

「僕は泣き出すかと思って、ハラハラしてました」

「お嬢様だからと言われて、昔からこんなふうに陰で囁かれることには慣れていますから。どうぞお気になさらないでください」

気遣われると申し訳なくなってしまう。
けれど、閑井さんは婚約の話には触れなかった。
同じ海外事業部で知っているはずなのに。
私もそれだけは何も聞けなかった―――
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