追憶ソルシエール

天井を眺めながら名前を呟けば、もうそれ以上の言葉は出てこなかった。わたしは今日この1日でかなり疲れ果てたのかもしれない。


『てか西野もさ、いくら空気読めなくても普通帰れって言ったら帰らない?』

「え、那乃、西野くんと喋ったの?」


思わず体を起こした。
だって、今の言い方だと絶対にそうだから。



『…………』


無言の肯定。



今まで早口でまくしたてていたのに別人かのように一気に静かになった。都合が悪くなると口を噤むのが那乃の特徴だ。嘘をついてもこうやってすぐバレてしまう。




「え、いつの間に? 帰れって?」


少なくともあの席で2人が会話をしているところを見ていない。


だとしたら?





『……トイレ行くって言って、電話してたから遅くなったって言ったじゃん?』



先程よりも落ち着いた声色で話し出す那乃に、「うん」と返事をする。



谷川くんから質問攻めされていたときだ。那乃がなかなか戻ってこなくてしんどかった時間。




『トイレから出たらちょうど西野が席に戻ろうとしてたから、脛蹴ってちょっとこっち来いって呼び出して、そのときに』

「……わ、痛そう」

『軽くだから大丈夫』



何事も無かったかのように言い放つ那乃の軽くがどれほどなのか。きっと私が考えているものより遥かに上だろう。



絶対痣になってる。那乃に蹴りを入れられたことなんてないけど絶対に痛い。

知らなかった。裏でそんなことが起こっていたとは。





『でも帰る気配サラサラないしやっぱ途中で抜ければよかった』

「たしかに。疲れたね、今日」

『ほんとに疲れた。あの短時間の勉強会よりまだ1日の授業全部古典になったほうがマシ』

「ええー、ほんとに?」



あの那乃がそこまで言うとは。
よっぽどしんどかったみたいだ。



那乃と話せて少し気が紛れる。
人と話すのは大切だ。




『じゃあまた月曜日ねー』

「うん、ばいばい」



それから一言二言言葉を交わし、疲れきった私たちは電話を切った。


< 126 / 146 >

この作品をシェア

pagetop