追憶ソルシエール
「なんか用でもあった?」
先に沈黙を破ったのは彼のほう。不思議そうに見つめるその姿に、くるり、と体を90度回転させる。
「これ、返そうと思って」
傘を持った両手を前に出す。
ロボットみたいな不自然な動きに、微かに震える細い声。こんなの、緊張してますって言ってるようなものだ。それでも、続けて言葉を紡ぐ。
「昨日は、ありがとうございました」
「ああ、べつによかったのに」
「よくないよっ」
思いのほか語尾が強まったわたしに、彼は頬を弛めた後「ありがと」と傘を受け取った。
「大丈夫だった? 昨日」
え?と首を傾げれば、あのあと雨強くなってきたでしょ、と言葉が重ねられた。
「おかげさまで……。それより、平気だった? わたしは傘貸してもらったから濡れなかったけど、」
「俺なら全然」
「そっか、よかった」
零れたそれは本音だった。わたしのせいで雨に濡れて、彼が風邪なんかひいてしまったらそれはそれは困ったものだ。
無事に西野くんの手に傘が渡ったのを確認して、ふう、と肩から力が抜ける。
これにてわたしの任務は完了。話にもひと段落がついて、憂うつな午後はこれで幕を閉じる。
「……じゃあ、わたしはこれで」
そう告げて足を踏み出した。
いや、正しくは足を踏み出そうとして。