追憶ソルシエール
「えっ、」
掴まれた手首によって動きが妨げられた。
反射的に振り向く。この状況に困惑しながら手首を一瞥し、そして彼の目を見つめる。
「なんで逃げんの」
「逃げ、てはないよ……」
本当にそんなつもりはなかった。けれど彼の目には逃げたように映ったらしい。早くこの場から立ち去りたいという気持ちが傘を通じて伝わっていたのかもしれない。そんなこと、考えてもわからないけど。
「一緒に帰ろ」
その言葉の真意ほど、わからないものはないだろう。
掴まれていた手首が解かれる。秋の風に触れた手首は、僅かな彼の温もりを失っていく。
「方向一緒でしょ」
「……そう、だけど」
「嫌?」
二重の双眼がわたしを射抜くように顔を覗く。その視線に囚われぬよう、視線を空中へと彷徨わせた。
「いや……、」
正直に言うと、これ以上ここにはいたくない。できることなら早く帰りたい。でも、そんなことを真正面から言えるほどわたしは強くない。
なんて言おうか。なんて答えるのが最善なのか。そんなことを迷っていれば、「え、」と彼から短い音が漏れた。
「えっ?」
その一音の意味がわからなくて、わたしも同じ音を発する。が、すぐに彼が零した言葉の意味を理解してはっとした。