あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~


「和花……今日はどうしても話がしたい。その子のこともだ」

思ったよりも固い声が出てしまったので、子どもの肩がピクリと震えた。
脅すような真似はしたくなかったが、子どもの存在を知って樹の頭の中は沸騰しそうだった。

「それは……今じゃなきゃダメ?」

ふたりの様子に何か感じたのだろう。女性が遠慮がちに申し出た。

「クリニックは処置だけですから、私が連れて行きますよ」
「高原さん、お願いできる?」

「もちろんです。ゆっくり行ってきますから……」

子どもと手を繋いだ女性は言葉に詰まっていた。樹の鋭い視線に怖気づいたのかもしれない。




***




「和花……今日はどうしても話がしたい。その子のこともだ」

怒っている表情の樹を見て、玲生までが怯えている。
和花は気遣ってくれた高原に診察券を渡して、玲生を託した。
玲生も高原には慣れているので、嫌がらずに和花から離れてくれた。

「いってきまーす」

元気に手を振る玲生を見送って、ゆっくり樹の方を見る。

「すまないが、外でする話ではなさそうだ」

「ええ……」

玲生の顔を見て、樹はきっとわかってしまったのだろう。
和花は彼がなにを言いだすのか、不安で押しつぶされそうだった。

「君の家で話がしたい」

「それは、チョッと」
「その方が、君もいいんじゃないか?」

強引に樹に迫られて、和花は諦めた。
彼を玲生とふたりで暮らす部屋に上げたくはないが、こんな人目に付くところで言い争うのも恥ずかしい。

和花は従業員用の通用口から入って、樹を案内した。
エレベーターで、三階に上がる。

その間、樹は無言だった。和花もひと言も口をきかない。

「どうぞ」

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