あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています


あの冬の夜からもうすぐ四年が経つ。

樹がなにもしらない間に、和花は子どもを産んで育ててきたのだ。
出産や子育てなど、樹からは一番縁遠い世界のことで想像すらできない。
弁護士として必要な一般的な知識は持っていても、生活感あふれる和花の部屋に来て戸惑っていた。

(和花はひとりで育てるつもりだったのか)

画廊のひとり娘として生まれて絵の勉強ばかりしていた和花が、どうやってロンドンで妊娠期間を過ごし、子どもを産んだのだろう。

(小さな子どもを育てるのに、誰かに支えてもらったのだろうか)

そんな想いを巡らせていたら、和花が声を掛けてきた。

「こちらにどうぞ」
 
ダイニングテーブルにお茶の用意ができていた。
古風な木目のダイニングセットで、その椅子のひとつに樹は座った。
和花がティーポットからカップに紅茶を注いでいくといい香りがする。
ティーカップはアンティークなのか、ブルーの色調が古めかしく重厚だった。

「懐かしい香りだ」

ひと口お茶を飲んでから、樹は和花をじっと見つめた。
子どもの父親は自分だと確認しようとしたのだが、和花は決して口にしない。

樹を父と認めないということは、なにか覚悟を決めているらしい。



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