あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています


「はい」

いつも通り、堂々と和花は答える。

「私、随分前から樹さんの秘書をしておりますの。ですから……」

意味深な表情で、佐竹は話を続ける。

「色々と存じ上げています。あなたのこと」
「なんでしょう」

彼女の視線に嫌なものを感じたが、和花は平静を装った。

「詐欺事件で樹さんの顔に泥を塗った方が、どうやって妻の座に収まったんですか?」

佐竹は唇を歪めて和花の耳元で罵る。

「お子さんだって、ホントに樹さんの子なんですか?」

秘書というだけで、まったく関係のない人なのにあまりの言われようだ。

「なにがをおっしゃりたいんでしょう?」

この人は、私たちの事情をどこまで知っていると言うのだろう。
言いたいことがあるなら彼に話せばよさそうなものだが、わざわざ和花に絡んでくる。
それくらい、樹のことが好きなのだろう。

「だって、知ってますもの。あなたと樹さんが一時別れてたの」
「それがなにか?」

不愉快な話だが、樹の立場を考えて和花は平然とした態度をとった。

「おかしいでしょ、別れていたのに子どもがいるなんて。将来のある樹さんに恥をかかせないでください」

もう、和花は返事をする気力もなかった。
確かに玲生を授かったのはふたりが離れていた時期だから、彼女の言い分もわかる。

(ああ、この人はこんなにも樹がさんが好きなんだ)

こんなふうに私を攻撃することで、この人は満足するのだろうか。
美しいし優秀な人なのだろう。
ずっと彼のそばで働いていたなら、愛される自信があったのかもしれない。
樹のそばで働いていれば、彼が自分を選ぶと思っていたのかもしれない。

「隠し子どころか、誰の子かわかったもんじやないわ」

とんでもない捨て台詞をはくと、佐竹は和花から離れていった。
佐竹の言葉は苛烈だが、似たようなことを世間では噂しているのだろう。





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