あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています
和花は樹がまだ仕事の話をしているのを見て、先に帰ることにした。
わずかな時間だったがすっかり疲れてしまったのだ。
自分に向けられる好奇の目や悪意ある言葉はもう十分だ。
(所長さんにご挨拶したから、妻の役目は果たせたはず)
莉里にだけ先に帰ることを告げてクロークへ急いだ。
(妻って呼ばれているだけなのに……)
これが愛のある結婚なら耐えられたかもしれない。
だが玲生のために家族になっただけの、紙切れだけでつながった夫婦なのだ。
ホテルを出たところで、マナーモードにしていたスマートフォンの振動が伝わってきた。
「もしもし」
『あ、高原です。すみません。今よろしいですか?』
いつになく高原の声は慌てた様子だ。
「玲生になにか?」
『咳き込みが酷いので、これから後藤先生の所に行きますのでお伝えしておこうと思いまして』
「わかりました。私もすぐに行きます」
急に玲生の喘息発作が起こったらしい。このところ安定していたから、高原も焦ったのだろう。
夜八時を過ぎたところだが、後藤なら受け付けてくれるはずだ。
ドレス姿は気になったが、和花はタクシーに乗り込んでホテルからクリニックに直行した。