あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
所長夫妻への挨拶がすんで間もないのに、和花は後悔していた。
(来るんじゃなかった……)
法律関係者が多いとなると、父が関わったとされた詐欺事件を覚えている人もいるだろう。
和花を見て思い出したのか、小声で話しているのが聞こえてきた。
(あの奥村画廊の……)
(昔、贋作事件がありましたね)
さざ波の様に噂が広がっていくのが和花にもわかった。
横にいる樹にもそんな声は耳に入っているだろうに、平然としている。
(やはり、結婚は誤りだったのかもしれない)
自分の力だけで玲生を育てるはずだった。でも結婚したことで、こんなにも悪意のある視線を浴びている。
予想していた以上の悪い雰囲気に、和花の心は折れそうだった。
それでも、堂々と樹は『妻です』と和花を紹介してくれている。
樹の同僚や顧客たちに挨拶に回っていたが、取引先の社長に捕まってしまった。
「奥さん、ちょっと武中先生をお借りしますよ」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
張り付けてい笑顔も疲れてきた。
しばらく人から離れようと和花が壁際に移動したら、それを待っていたかのようにひとりの女性が和花に近付いてきた。
「こんばんは、奥様」
「こんばんは」
和花は相手が招待客なのか、樹の同僚なのかわからない。
ワインレッドのロングドレスを着た華やかな顔立ちの女性で、和花より少し年上かもしれない。
「私、樹さんの秘書をしております、佐竹と申します」
秘書と名乗りながらも、わざとらしく樹のことを名前で呼んでいる。
なにか思うところがあるのだろうと思いながら、和花は微笑んだ。
「そうですか、お世話になっております」
軽く頭を下げたら、いきなりその女性が一歩前に出て和花に囁いた。
「あなたは奥村和花さんですよね」