あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています
和花が特別室を出たところで、看護師に声を掛けられた。
「これからお帰りですか? 和花さん」
「はい。母が眠ったままなので、明日また顔を見に来ます」
顔見知りの看護師は頷いている。母が起きていられる時間はどんどん短くなっているのだ。
「さっき、院長先生がお見えになったんです。和花さん、院長室に来て欲しいそうです」
「日曜なのに院長先生がいらしているんですか?」
「はい。お客様がおみえになってます。お急ぎみたいでしたよ」
「ありがとうございます。すぐに行ってみます」
何か悪い話だろうかと不安な気持ちになったが、和花はエレベーターに乗った。
二階にある院長室のドアをノックすると、院長のよく響く声がした。
「どうぞ」
「和花です。失礼します」
院長室には、岸本院長ともう一人 背の高い男性がいた。
「晃大さん!」
「やあ、和花ちゃん、久しぶり」
院長の年の離れた弟、岸本晃大が笑顔でソファーから立ち上がった。
「お久しぶりです。いつ日本へ?」
「昨日、成田に着いたんだ」
晃大は若々しい笑顔を和花に向ける。
「ロンドンから? それともパリからですか?」
美術商として世界を回っている晃大からは、会うたびに異国の香りがする。
「残念、マドリードでした」
「わあ~羨ましいなあ。夏のマドリード」
和花の記憶にあるマドリードが蘇る。
「アンダルシアのひまわり畑が見たいだろ」
「はい! 以前に私が行った時には、もうぜーんぶ刈り取った後だったんです」
「ハハハっ、そりゃ残念だったね」