あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
和花は樹とデートしたことのあるバーに行ってみようと思いついた。
お酒が飲めるようになって、初めて大人ぶった服を着てデータした場所だ。
画廊からそう遠くなかったし、ビルの地下にあって静かなところだった記憶がある。
(樹さんとの思い出にもお別れしなくちゃ)
クリスマスシーズンとはいえ、まだ早い時間だからバーは空いていた。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
礼儀正しい初老のバーテンダーが迎えてくれる。
「待ち合わせでいらっしゃいますか?」
「いいえ、ひとりです」
カウンター席でも奥の方へ座った。
スツールは意外に背もたれが高くて安心感があった。
「なにを召し上がりますか?」
「軽いカクテルをお願いします」
和花もアルコールについては詳しくない。おすすめを尋ねてた。
「では、キール・ロワイヤルか、キール・インペリアルはいかがでしょう」
バーテンダーは、カシスかフランボワーズかの違いだと丁寧に説明してくれる。
「フランボワーズでお願いします」
「はい、インペリアルをご用意いたします」
目の前にキラキラと泡立つグラスが置かれた。
たったひとりで心の中で乾杯してから口に入れると、木いちごの風味か甘酸っぱさを感じる。
(さようなら、東京)
少しばかり感傷的になっていると、拙いがはっきりとした日本語でいきなり声をかけられた。
「コンバンワ」
「こんばんは」
「おひとりですか?」
和花が少し戸惑っていたら、今度はクイーンズイングリッシュで話しかけられた。
晃大くらいの年齢に見える、上品なブレザーを着た紳士だった。
「はい、久しぶりにお酒が飲みたくなったので」
和花も、自然に英語で答えていた。
人恋しかったので、紳士との会話は弾んだ。