あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
父の経営していた画廊があったビルの前まで来ると和花は足を止めた。
(あの頃のままだ……)
取り壊されているかと思っていたが、そのままビルは残されていた。
画廊のあとにはセレクトショップが入ったようで、ショーウインドウには洋服やバッグが飾られている。
(ここはお父さんの大切な場所だった)
銀座の街は幸せな頃のままだけど、画廊はすでにない。
こみ上げてくるものがあって、急いでビルの角に隠れた。
和花は泣いた。大判のストールを頭からすっぽり被って、声を殺して泣き続けた。
日も暮れていたし、暗がりだから泣き顔を見られる心配はない。
しばらく誰にも遠慮せずに涙を流したら、少しだけ気分が落ち着いてきた。
(悲しいことと日本にサヨナラするために、乾杯しよう)
これまでの辛い日々にも別れを告げるための夜だ。自分自身へのご褒美だと思えばいい。
前を向くと決めた以上、和花は明るく生きていきたいと願っている。
ロンドンに行って、新しい生活をスタートさせるのだ。