あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています


「うちの娘の莉里(りり)がね、明日の夜開かれる画廊のオープニングパーティーとやらに行きたいって言うんだよ」
「はあ……」

また面倒な話だと思いながら、樹は気のない返事をした。

「最近、テレビで君を見たらしくて、どうしてもエスコートして欲しいって!」

近頃、樹はテレビ番組にコメンテーターとして出演する機会が増えていた。
所長から事務所のためにマスコミで顔を売ってくれと頼まれたのだが、国際弁護士の肩書を持っている独身というのが視聴者に受けるらしい。

「お嬢さん、確か大学生でしたよね」
「そうだよ」

「でしたら、私のようなひと回り以上も年上のおじさんより、井上君の方がふさわしいでしょう」

暗に迷惑だと伝えたのだが、所長もあとに引かない。

「いやいや、君だってまだ十分若いよ」
「パーティーは苦手なんですよねえ」

「頼むよ、今回だけ! 君に断られたなんて言ったら、当分娘が口をきいてくれなくなるんだ」

水河は丸い身体で飛び上がるように椅子から立ち上がると、樹に頭を下げながら懇願してきた。
社会的には狡猾な水河も、娘には弱そうだ。

「仕方ないですね。今回だけです。ただし、井上も後学のために連れて行きますので」

所長は感激したように樹の手を取った。

「ああ、好きにしていいよ。あちらに話は通しておくから」
「わかりました」

所長はブンブンと痛いほど手を握って振り続ける。よほど娘との約束が果たせて嬉しいのだろう。

「午後五時ごろ、事務所で待ち合わせることにしておこう」

パーティーにも水河の娘にも特に関心がなかったので、樹は画廊の名前やオープニングパーティーが開かれる場所を確認することなく当日を迎えてしまった。



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