あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
土曜日の午後、樹は約束通り事務所で水河の娘や井上省吾と合流した。
井上は所長の娘を前に、いつもより緊張しているようだ。
所長の娘の莉里は、女子大学生にしては化粧も濃くかなり高価そうなサーモンピンクのワンピースを着ていた。
「はじめまして~。水河莉里です~」
のんびりと喋る莉里は、語尾を伸ばさないといけないらしい。
「い、井上省吾と申します。本日はよろしくお願いいたします!」
井上は、二十八歳には見えないベビーフェイスだ。
その少年ぽい表情が少し興奮気味に見えのは、莉里が気になるからだろう。
愛嬌のある所長とよく似た笑顔の莉里は、確かに可愛い顔はしている。
「武中です。今日はよろしく」
「わあ! テレビで見たとおりのイケメン弁護士ですね~」
莉里は大きな声を上げてはしゃいでいる。
(苦手だ……)
つい和花が同じ年頃だった時と比べてしまう。
(和花はもっと清潔な感じで、態度も控えめだったな)
樹は遠い日の記憶をふと蘇らせていた。
三人はタクシーに乗ったが、樹は特に喋る気はないから無言のままだ。
道案内は招待状を持っている莉里に任せた。
運転手に場所を説明しているのを聞いていたら、やはりのんびりとした口調だ。
運転手がガマン強く聞いているが、どうやら目的地は銀座らしい。
井上も調子が出てきたらしく、冗談を言って莉里を笑わせている。
自分がいない方がよかったのではと、改めて樹は思った。