あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています
和花が着替え終わった頃に、万里江とフレデリックが訪ねてきた。
「和花、お疲れさま」
「万里江さん、今日はお世話になりました」
万里江の人脈もあって、招待客には政財界の有名な人も含まれていた。
「明日から、ひとりで大丈夫?」
「ええ。頑張ります」
いつまでも万里江に頼ってはいられないから、和花は気を引き締めた。
「それで、彼がそうなの?」
万里江が遠慮なしに和花に尋ねてきた。万里江は樹の顔を見てしまっているし、隠してもいられない。
「そうです。彼が玲生の父親です」
高校生の時に出会い、恋した人。でもふたりの立場ではそばにいられないと別れを選んだのだ。
けれど、あの寒い夜に再会してしまった。
彼は和花を探してくれていたし、和花のことががずっと心配で顔を見ていないと落ち着かないとも言ってくれた。
その言葉を聞いて、父を失った辛さや母と苦労した日々を忘れて彼にすがってしまった。
和花はどうしても彼が欲しかった。なにもかも忘れて、抱きしめて欲しかった。
そして一夜を過ごした時に、玲生を授かったのだ。
樹に伝えようかと散々迷ったが、和花はひとりで育てる道を選んだ。
愛しい玲生を産んだことに後悔はなかった。
「彼にはなにも伝えたくありません」
「和花……」
和花が覚悟を伝えると、ハワード夫妻は顔を見合わせていた。
「いつでも相談にのるから、意地を張ってはダメよ」
万里江からの言葉は、和花にとって重いものだった。
意地を張り続けたからこそ、ここまで頑張れたのだ。
ここで気持ちを緩めてしまったら、和花は自分自身を見失ってしまいそうな気がする。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
万里江はそれ以上はなにも言わずに、ロンドンへ帰っていった。