キミを描きたくて

Side Shizu

“きっともう、要らないでしょうから”


そんな言葉を、お湯を浴びながら思い出す。

兄が一人だけ、と言っていたように、このマンションには両親は住んでいないようだった。

さっき、服を取りに行くついでに部屋を覗かせてもらったが、なんとも生活感がなかった。


真っ白の壁、真っ白の床、布団、教科書が詰められた小さい本棚と机、椅子。


ゲームもテレビも、彼女が大好きな絵画を描くための画材でさえ見当たらなかった。

写真立てのひとつもなく、花瓶のひとつもない。

本当に、寝るためだけの家。


“あなたを、描かせてもらえませんか”


あの日、初めて見た依茉の顔。

存在すら知らなかった。
後に名簿を調べてわかったが、どうやら、絵の才能から推薦で入ったらしい。


友達に早見依茉を知っているかと聞いた。

5人中、5人が知っていると答えた。

その知名度は才能や順位ではなく、物珍しさと可愛さから来たものだった。



『早見依茉?あぁ、あの子可愛いよなぁ。』

『抽象画で中学のとき表彰されたって』

『確か、フランスと日本のハーフだったような』

『兄が一人いるんだっけ?今はパリらしいけど』

『早見依茉、ほんと付き合ってみたい』


その言葉に、単純に興味が湧いた。
< 18 / 177 >

この作品をシェア

pagetop