キミを描きたくて
「俺、半年後に留学に行くことになったよ」
深刻そうな顔。
2人暮らしのこの狭い家で、私を1人にするには、心苦しかったんだろう。
でも私は、きちんと理解している。
"絵にしか関心のない妹より、才能の輝く兄を立派に育てあげたい"。
そんな母親の願いで、樹はフランスに行くことに決めた。
決めたのか、決められたのかまでは知らないが。
「…そっか。でも、いい子に待ってるから大丈夫だよ」
心配しないで、そう笑みを浮かべる、まだ今の私より小さな私。
ううん、本当は、行って欲しくなんてなかった。
もう二度と会えなくなるのなら、私は死んででも止めたはずだ。
「依茉はなんでもできるからな…俺が居なくても、ちゃんとご飯食べるんだぞ?」
「食べるってば。…ちゃんと、お勉強もするよ」
「ははっ、冗談だよ。絵に没頭するのもいいけど、病気になったら許さないからなー?」
頭を撫でる、大きな手。
もう一度だけでいい、一度だけでいいから。
私は、その手にもう一度触れたい。
「ちゃんと手紙も送るし、お土産だって沢山買ってくる。写真も沢山撮るし、帰ったら見せるから」
「ほんと?私、フランスの美術館の写真がみたい」
「もちろん、行くに決まってるよ。楽しみにしてて」
ねえ、お兄ちゃん。
私、手紙なんてまだ1枚も届いていないよ。
写真見せてよ。向こうではどんなお友達ができたの?
私を、ひとりにしないでよ。
そうねがったって、現実は変わってはくれない。
これは、ただの過去の夢でしかないんだから。