キミを描きたくて
「分かりたくない」
「ん…」
いい匂いで目が覚める。
あの夢はもう終わってしまったのかと悲しくなる。
でも同時に、良かったとも思った。
夢で逢えただけ、まだ幸せなんだ。
「私…リビングで寝たのに…」
きちんと整った布団の上にいる私。
そして、リビングから漂ういい匂い。
…樹の作った、トマトスープのような匂い。
その匂いにつられて、半ば心をときめかせて部屋を出る。
「あ、起きたんだ。…体調悪いのにリビングで寝たら悪化するよ」
「か、会長…どうして家に」
「鍵もかけてないし、連絡も帰ってこない。彼女なんだからちゃんとしてよ」
簡単なものだけど作ったよ。そう言って机に並べたのは、湯気の立つトマトリゾットだった。
…よかった、あの人が帰ってきた訳じゃなくて。
私はきっと、今樹に見せられる顔なんてない。
「すみません…ありがとうございます」
「朝から様子変だと思ってたけど、薬は飲んだ?」
「今はもうだいぶ良くなったので…睡眠不足だと思います」
そう、と一言返すと、早く食べなよと机に目を向ける。
向かい合わせに置かれたマット。
会長側のマットは、かつて樹が使っていたものだった。
「いただきます」
会長の作ってくれたトマトリゾットは、匂いは全くおなじなのに、味は全く違った。