Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-
「いるみてぇだな」
わたしが答えるよりも先に、隣の彼はわたしの表情で察したようだった。
「しばらくの間は誰かに家まで送ってもらえよ」
……もしも。
今ここで、残念なことに男の子の友達はいませんって答えたら、……どうなるんだろう。
目の前にいるこの人は、なんて言葉を返してくれるんだろう。
そんなよこしまな考えが、一瞬頭をよぎったけれど、
「……気にしてくれて、ありがとうございます」
わたしの口から出たのは、当たり障りのない返事。
いい加減、このお花畑すぎる脳内をどうにかしちゃいたいよ。
危ない人から助けてもらったという非日常的なできごとが、わたしの思考をふわふわとさせているのかもしれない。
そう……思いたい。
どこか他人事のように自分に対して呆れたとき、タイミングよくマンションが見えてきた。
「あ……あの、わたしの家、ここなので」
緩い傾斜の途中にあるクリーム色の建物を指さして、立ち止まる。
「わざわざ送ってくださって、ありがとうございました」
「あー。気にすんな」
足音がぴたりと止んだ。
向き合う形になったわたしたちの肌を、夜の冷たい風が、静かに撫でていく。