Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-
我に返れたのは、
「あれー? 平石さんっておれのこと好きなの?」
少し経って、頭上から、そんなのんびりした声が降ってきたせい。
見上げると、ひとつ上の階から、ニコニコ人当たりのいい笑顔を浮かべた甲斐田くんが顔を覗かせていた。
わたしはぎょっとして──先ほどよりも入念に、窓の拭き残しをゴシゴシと綺麗にする。
「へ〜え。知らなかった。泣かせないよーに気をつけるからさ、大歓迎」
タン、タン、タン──と軽やかな足音を響かせ、こちらに降りてくる甲斐田くん。
ピンクベージュの髪がふわふわ揺れる。
「……もう。話、ややこしくしないで……甲斐田くん」
完全に面白がっている彼に向かって、困ったように声を上げれば、楽しげな笑い声が返ってきた。
どうやら大体の話を聞かれてしまっていたらしい。
……どこから?
多々良くんの件も、聞かれていたらどうしよう。
気になったけれど、この状況で確認する勇気はなかった。
「嘘うそ。おれらはただのオトモダチ、だもんな」
「う、うん」
思いのほか、すぐに助け舟を出してもらえて安堵する。
わたしは逃がすまいと乗っかって、
「ね……有沙。わたし、甲斐田くんのこと好きとか、そういうのじゃないから。大丈夫だよ」
「……、ほんとに?」
疑り深い目を向けられて、小刻みに頷いた。
目の前までやってきた甲斐田くんが、「あらら。フラれちった」なんてまたおどけている。
そして、気を取り直したように有沙としっかりと目を合わせると。
「有沙ちゃんていうんだ? かっこいいなんて言ってくれて、どーも。よかったらこれから仲良くしてよ」
相手の毒気を根こそぎ抜いてしまうくらいの、軽く柔らかな調子で。
すっと片手を差し出した。
有沙は少したじろいで、気まずそうにその手を見つめる。