お見合い婚で一途な愛を ~身代わり妻のはずが、御曹司の溺愛が止まりません!~
結局、航太郎さんは私の服を上下合わせて十着近く購入した。
さすがに買いすぎだと何度も訴えたのに聞く耳を持ってもらえず、にこにこしてばかりの航太郎さんに押し切られてしまった。
今になって気づいたけれど、航太郎さんは私に貢いで着々と外堀を埋めているのだと思う。
馬鹿にならない貢ぎ物たち。
とりあえずロッカーに預けておいた。
「キャットタワーとか、どれがいいんだろう」
私たちはペットショップに来たものの、ベッドもお皿も水を入れる容器にしても、量が多すぎて決められない。
「今すぐに必要なもの以外は、後で買い足すほうがいいらしいよ。 後でこれいらなかった、とかあっちの方が良かった、とかなるらしい」
「なるほど……じゃあとりあえずは――」
航太郎さんの用意周到な知識のおかげで適当な買い物ができたと思う。
けれどまだやることはある。
実はまだ、子猫の名前が決まっていないのだ。
引き取ることが決まってから、毎日のように航太郎さんと話し合ってきたけど、未だにピンとくる名付けができないでいる。
できればお迎えしてすぐに、呼んであげたいんだけどな。
「うーん。 私のなかのいちばんは、トロ」
〝トロ〟は、私が挙げた候補。
ちょうど子猫の眠たかった時間帯に冴木の家に見に行った時、トロトロの目をしていたから、というのが理由だ。
「トロだと、どうしてもサーモンが浮かぶんだよなあ」
「サーモンて、食いしん坊ですか」
大真面目に言う航太郎さんがおかしくてくすくすと笑う。
彼は拗ねるでもなく、恥ずかしかったようでふいと私から顔を逸らした。
私は少し意地悪な気分になってきて、にやにやとしながら言った。
「じゃあー、猫が大好きな航太郎さんからとってコタロウとかどうですか? コタって呼んだら絶対可愛い」
「絶対嫌だ。 翠が俺以外を俺の名前で呼ぶのは許せない。 あいつはオスなんだから」
却下されるのは分かっていたけれど、まさかの理由には驚きと呆れ半分で苦笑い。
前々から思っていたけど、航太郎さんって独占欲が強いのかな。私が新婚旅行でナンパされた時はものすごく怒っていたし、職場で冴木と仲良くしていると知ったら実の弟にまで敵意むき出しにして。いくらオスでも猫にまで嫉妬するなんて。 そんなに私を自分のものにしたい?
して、その理由はなんだろう。 偽装だとしても伴侶であるからには、独占したいタイプ?
ていうか、こうたろうとコタロウなんだから一文字違いで同じじゃないし。
「もー、どうするんですか、名前。 航太郎さんは何かありません?」
「うん、トロがいいと思う」
「え!? サーモン思い出して食べちゃいたくなったりしないんですか?」
「思い出しはするけど、さすがに食べないよ。翠の美味しい料理で食欲は毎日満たされてるからね」
「それはそれは。良かったですね」
ナチュラルに褒めてくる航太郎さんに、ぽっと頬が熱を持つ。
いつも美味しいと食べてくれるけど、改めて言われると照れてしまうものだ。そして素直に嬉しい。
特別料理が得意というわけではなかったけれど、新しいメニューを作ったりすると必ず気づいて褒めてくれたりするので作りがいがある。邁進しようと思えるのだ。
トロをお迎えした日の夕飯は、お刺身にしようかな。 サーモン多めで。
何はともあれ、無事子猫の名前が決まった。