コトノハ

風の噂

初夏の風のように、その噂は舞い込んできた。



「知ってる?言の葉町にある書架の海には、さまざまな物語が流れ着くって話。あれって本当かなあ」



言の葉町。


書架の海。



どれも初耳だった。どうせ都市伝説の類いだろうと思ったものの、無意識にペンを走らせノートにメモをとっていた。自分らしからぬ行動に眉間に皺を寄せながらも、耳は自然に彼女らの言葉を待つ。



「どうなんだろうね?でも不思議の国のアリスみたいに、ウサギを追いかけて行けるならいいよねぇ」




おっとりとした口調の彼女はそう言い、それから話は別の話題に切り替わっていた。それ以上の情報は持ち合わせていないのだろう。



教室の窓から潮風が舞い込む。ここは水灯りの町。夜になれば水守が灯し、夜の闇と水面に淡くやわらかな光が煌々と幻想的に輝いている。遠い果てまでもその光は届き、そして視界に届くほどだそうだ。



とある語り部によると、青姫と呼ばれる水守の巫女が枯れ果てたこの地に、水源をもたらしたのが事の始まりだとうたうように語ってくれた。





青姫から選ばれた者が水守となり、そしてまたその水守が選んだ者が、次代の水守となる。表向きは姿を現してはならないとし、誰も素顔を知らぬというベールに包まれた存在。あの日聞いた語り部の物語が心に小さな足跡を残して、今の自分に繋がっている。




「一度でいいから会ってみたいけど。夢のまた夢の話――……」



もう今日は授業もない。帰宅の準備をし、教室を出た。帰りに海へ寄ろうと思わず足早になりながら向かう途中知り合いからは、転ぶなよと笑われたが。

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