君は残酷な幸福を乞う
マンションに帰り着いて、玄関を開けると若葉が待っていた。
「琉軌、おかえり!」
そう言って、抱きつく。

琉軌はそれを、さりげなく押し返し拒む。
「え……琉、軌…?」

今までずっと一緒に生きてきて、琉軌が若葉を拒んだことがない。
若葉のお願いを何でも聞き入れ、若葉が寂しいと言えば一晩中抱き締め、若葉が眠るまで頭を撫でる。
例え仕事中でも、若葉からの電話はできる限り出て話を聞く。
若葉が涙を流す時は、ひたすら“大丈夫だよ”と背中をさすり抱き締める。

そんな琉軌が、若葉を拒む。
それは若葉の心を抉り殺すには、十分だった。

「どう、したの…?
私…何かしたかな?琉軌に嫌われるようなこと……何か…」
途端に狼狽え、目を潤ませる若葉。
「え…違うんだ!若葉。
違うよ!今日の俺は汚れてるから…先にシャワーを浴びてくるよ」
「じゃあ…私も一緒に……」
「ごめんね…今日は一人で入るよ。
理由はちゃんと話すから、待っててくれる?」

琉軌の今までにない、悲しくて苦しそうな表情。
若葉は、これ以上何も言えなかった。
「うん、わかった。待ってるね…!」

琉軌がシャワーを浴び戻ってきた。
ソファに座っていた若葉の隣に座り、両手を広げる。
「若葉、抱き締めてもいい?」
「………そんなの、いいに決まってるでしょ!?」

琉軌の胸に抱きついたのだった。
「ごめんね、さっきは拒むようなことして」
「びっくりしちゃった。こんなこと初めてだったから……」
「…………若葉」
「ん?」
「話を聞いてほしい」

琉軌は若葉の目を真っ直ぐ見て言った。
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