すべてが始まる夜に
「んっ? なに?」

「茉里さん、最近彼氏できました?」

若菜ちゃんの言葉にドクン──と胸の奥が反応して、一瞬目を見開く。
そしてすぐに大きく首を振ってもう一度笑顔を向けた。

「そっ、そんなことないよ。彼氏なんていないよ。どうして?」

心臓がドキドキして止まらない。
部長とのレッスンのことがバレてしまったのだろうか。
必死で平静を装いながらその場を取り繕う。

「いや、最近色っぽいというか、肌がツヤツヤしてるというか、上手く言えないんですけど……。前も可愛かったんですけど、前とちょっと違うような気がするんですよね。だから彼氏ができて、彼氏にすごく愛されてるのかなって」

「そんなことないって。前と全然変わらないよ。私が色っぽいなんてあるわけないじゃん」

「それは茉里さんが気づいてないだけで……。あっ、そうだ。クリスマスって茉里さん予定あるんですか?」

「えっ? クリスマス? あっ、うん。ちょっ、ちょっと友達と……」

「あっ、そうなんですね。もし予定がなかったら一緒にランチでもどうかなって思ったんですけど、予定があるんだったら仕方ないですね」

「ごめんね、せっかく誘ってくれたのに」

もう、若菜ちゃんたら急にどうしたんだろう。
彼氏とかクリスマスとか、今こんな状態のときにそんな言葉を言われると、どぎまぎしてしまう。
それに私が色っぽいとか絶対にあるわけないのに。
何にも変わっていないのに、どこを見てそんな風に思うんだろう。

まさかほんとに部長とのレッスンがバレてるってことないよね?
葉子になんて知られたら、とんでもないことになってしまう。もっともっと気をつけなきゃ。

私はとにかくバレないように会社では細心の注意を払うように徹底した。


そしてとうとう部長と旅行に行く当日の朝がやってきた。
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