すべてが始まる夜に
レッスンをしてもらうようになってから週末はいつも部長と過ごしていたけれど、こうして一緒に熱海まで来てランチをしているなんて未だに信じられない。
そして今日はこれから旅館に泊まるというもっと信じられないレッスンまで待っている。

部長はどうしてあんな非常識なお願いをした私に、こんなにも親切にしてくれるんだろう。
3ヶ月間彼氏になってくれて、こうして旅行にまで連れてきてくれて、いろんなレッスンまでしてくれて。

今まで何も経験してこなかった私のことを可哀想だと思っているのだろうか。
それとも、あまりにも私の必死の様子に、この際できることは全部教えてあげようと思ってくれたのだろうか?
どちらかはわからないけれど、ここ最近ひとつだけよく考えることがある。

このレッスンが終わったら、もう部長とこんな風にごはんを食べたりすることもできなくなるのかな……。

「茉里、どうしたんだ? 浮かない顔して。楽しくないか?」

「ううん、全然そんなことない。すっごく楽しいよ。なんかまだ旅行に来てることが信じられなくて」

「まだ旅行は始まったばかりだからな。これからしっかり楽しまないとな」

うん、と微笑んで頷いていると、お店の人が大きなトレイを2つ持って運んできた。

『金目鯛の干物定食とほっけの干物定食です。お待たせしました』

香ばしい匂いの焼きたての金目鯛の干物に、ごはんとお味噌汁、お漬物にしらすが付いている。

「うわぁ、すごく美味しそう!」

部長が頼んだほっけを見ると、金目鯛よりさらに大きなほっけの干物が美味しそうな湯気を立てていた。

「じゃあ、熱いうちに食べるか」

私は、いただきます──と手を合わせると、まず金目鯛の干物を真ん中から半分にわけた。
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