すべてが始まる夜に
10階に上がって部長の部屋の前でインターホン押すと、すぐに部長がドアを開けてくれた。

「ごめんな、茉里。疲れてないか?」

「大丈夫、疲れてないよ。悠くんは疲れてない?」

「俺は全然疲れてないよ。中に入って。今コーヒー淹れてるから」

靴を脱いでリビングに入ると、ダイニングテーブルの上にはコーヒーミルが置かれていた。

「悠くん、コーヒー豆を挽いてたの?」

「ああ、話をするのにコーヒーを飲みながらの方がいいと思ってな」

「うれしいな。悠くんのコーヒーが飲めるんだ」

部長は慣れた手つきでミルで挽いた豆をドリッパーにセットして、お湯を注ぎ始めた。
途端に部屋全体にコーヒーの芳しい香りが漂い始める。
その香りに癒されながら目の前の作業を見つめていると、部長は抽出されたコーヒーをマグカップに注ぎ、私の目の前に置いてくれた。

「お待たせしました。こちらはオリジナル特製コーヒーです。どうぞ」

冗談っぽくお店の店員さんの真似をする部長に、「ありがとうございます。いただきます」と笑顔を向けてさっそくマグカップを口に運ぶ。

「あー、やっぱりこのコーヒー美味しいな。旅館のカプセルコーヒーも美味しいって思ったけど、このコーヒーには全然かなわない」

幸せな気持ちに包まれながらそう呟くと、部長は穏やかに口元を緩めた。

「そうか? まあ、このコーヒーには茉里への愛情がたくさん入っているからな」

照れるような素振りも見せずそう言い放つ部長に私の方が恥ずかしくなり、私は顔を隠すように再びカップを口に運んだ。

そして静かにマグカップをテーブルの上に置くと、部長がじっと私の方を見つめていた。

「茉里、話をする前にまずは最初に渡したいものがあるんだ」

部長はそう告げると立ち上がって寝室に行き、小さな紙袋を持って戻ってきた。
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