若き社長は婚約者の姉を溺愛する
黒ヤギ白ヤギ
 沖重(おきしげ)の家は、ずっと宮ノ入(みやのいり)社長と梨沙(りさ)の結婚話で盛り上がっていた。
 それを聞きながら過ごすのが苦痛で、朝の出勤を早め、通勤路も変えた。
 そして、社長と会わないようコーヒーショップで時間を潰し、文庫本を読む。コーヒーの香りが漂い、ふと思い出す。
 
 ――薔薇の香り。あれから使ってない。

 社長からもらったプレゼント。
 今なら、使ってもきっと誰も気にしないはずだ。
 でも、なぜか使えなかった。
 結局、私が一番気にしている。

「……もう、私のことなんて、向こうはどうでもいいと思ってるわ」

 避けるのも、そろそろ終わり。
 私だけが意識しているだけのこと。
 明日からは、普通の出勤時間にしようと決めて、コーヒーショップを出る。
 そこからも大通りではなく、路地から狭い裏道に入り、会社へ向かう予定だった――

八木沢(やぎさわ)さん……」

 裏道へ抜ける路地に、爽やかに微笑む八木沢さんがいた。
 前髪をあげ、眼鏡をかけていたからか、一瞬誰なのか、わからなかった。 
 雰囲気がいつもと違う。
 眼鏡の奥の鋭い目は、どこか社長と似ている。
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