怜悧な弁護士は契約妻を一途な愛で奪い取る~甘濡一夜から始まる年の差婚~


「思い出せないようなら奥さんの前で話してやろうか」


 鏑木さんがニヤッとした笑みを消し、睨むように悠正さんを見つめた。


「大学時代、お前がユキーー」


 そこまで聞いたところで途端に私から音が消えた。目の前で鏑木さんが口を動かしているものの、彼がなにを喋っているのか続きが聞こえない。

 どうやら私の両耳はすぐ後ろにいる悠正さんの手によって塞がれてしまったらしい。少しするとその手は離れていったけれど、私は鏑木さんの言葉を最後まで聞くことができなかった。


「行こう、優月」


 悠正さんが私の手を掴んで歩き出し、鏑木さんの横を足早に通り過ぎていく。


「またな、隠岐。奥さんと幸せに」


 歩き去る私たちの背中に鏑木さんのやけに明るい声が届いた。それに振り返ることなく、悠正さんは私の手を引いてずんずんと先を進んでいく。

 ちらりと振り返ると鏑木さんが私たちに向かってひらひらと手を振っているのが見えた。さようならの意味も込めて歩きながら頭を軽くぺこりと下げると、悠正さんが私の腕をグイっと強く引いた。

 歩く速度がさらに速くなり、私はなんとか彼についていく。

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