怜悧な弁護士は契約妻を一途な愛で奪い取る~甘濡一夜から始まる年の差婚~
もう営業時間は終了しているけれど、なにか急ぎの用事を私に頼もうとしているのだと思い、くるんと方向転換をして隠岐先生の個室へと向かった。すると、彼は突然私の腕を取って歩き出す。
「ちょっと付き合ってほしいことがあるんだ。一緒に来てくれないか」
「えっ、隠岐先生?」
個室には入らず廊下を進み、引っ張られるように連れてこられたのは所長室の前。足を止めた隠岐先生が、右手で扉をこんこんと軽くノックする。
「所長。悠正です。お伝えしたいことがあるのですがお時間よろしいですか」
自身の父親でもある所長に隠岐先生が声を掛けると、扉の向こうから「入っていいぞ」と落ち着いた声が返ってきた。
さっそくドアノブに手を掛けて入室しようとしている隠岐先生の腕を私は思わず両手でがっしりと掴んでしまう。
「待ってください、隠岐先生。状況がわかりません。説明してください」
なぜ私も一緒に所長室に入らなければならないのか。その理由をまだ教えてもらっていない。
すると、隠岐先生は私が掴んでいる腕とは反対の腕を持ち上げて、私の肩をポンポンと優しくたたく。
「大丈夫。小野坂さんは俺の隣で笑ってうなずいてくれるだけでいいから」
「……笑う?」
「そう。にっこりと笑っていて」