怜悧な弁護士は契約妻を一途な愛で奪い取る~甘濡一夜から始まる年の差婚~
私のハンカチが所長の涙でしっとりと濡れた頃、隠岐先生がおもむろに口を開く。
「――父さん。俺も結婚するんだ。これで安心して治療を受けてほしい」
ち、治療!?
その言葉に私は思わずぎょっと目を剥いた。
「そうだな。悠正の言う通りだ。しっかりと治療を受けて少しでも長く生きられるよう父さんはがんばるよ」
な、長く生きられる!?
所長の口から飛び出た言葉に再びぎょっと驚いてしまう。
この展開はにっこりと笑っている場合ではないような気がして、私はすっと笑顔を引っ込めた。
所長が言葉を続ける。
「悠正が結婚して家庭を持ち、お前を支えてくれる女性がそばにいるならもう安心だ。約束通り、これを機に事務所をお前に譲ろうと思う。これで私は心置きなく治療に専念することができる」
「そうしてくれよ、父さん。治療をすれば進行を遅らせることができると医者からも言われているんだ。事務所は俺が責任を持って引き継ぐが、俺たちにはまだまだ父さんが必要だ。あっさりと死んでもらっちゃ困る」
真剣な声で話す隠岐先生の横顔を私はふと見上げた。まっすぐに所長を見つめる彼の瞳がどこか不安そうに揺れている気がする。
治療。長生き。進行を遅らせる。
おそらく所長はなにかの病気なのかもしれない……。