怜悧な弁護士は契約妻を一途な愛で奪い取る~甘濡一夜から始まる年の差婚~
所長室を後にした私たちはそのまま隠岐先生の個室へと向かった。私を先に入室させた彼が後ろ手で静かに扉を閉める。
「突然すまなかった。話を合わせてくれてありがとう」
「いえ、私はなにも……」
そう答えた私の隣を通り過ぎて、隠岐先生は応接セットのソファに腰を下ろす。重たいため息を吐き出した彼に私はそっと尋ねる。
「所長はご病気なんですか?」
「ああ。でも、今すぐ生死に関わる深刻なものじゃないから安心して。適切な治療さえ受ければ完治は無理だとしても、進行を遅らせることはできるから」
「そうなのですね」
おそらく所長の病気の件は私たちにはまだ伏せられていたのだろう。
でも、今になって思えば少し前から所長が事務所に顔を出さない日が増えていたように思う。病気のせいで体調が優れなかったのかもしれない。
見たところ病気があるなんて思えないほど普通に会話をしていたけれど、体の中は病魔にむしばまれているんだ。
そんな所長にあのような嘘をついても良かったのだろうか……。
「隠岐先生」
私はゆっくりと場所を移動して、隠岐先生とは向かいのソファに腰を下ろした。