白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

19. もう一つの名

 どこをどう移動したのかは分からないまま、目的地らしい場所へ到着したのは明るい陽の光がまだ差し込む昼間のことだった。

 もっとも、太陽は天頂よりは西側に傾きはじめているから、それなりの時間が経過しているらしい。

「ここは……?」

 馬車から降ろされ、自然と疑問がロゼリエッタの口をついた。


 やってもいない罪ではあるけれど、あの衛兵の言い分によればロゼリエッタはマーガス暗殺を企てた重罪人のはずだ。てっきり牢に入れられるものだと覚悟を決めかけていたのに、連れて行かれた場所は小さな屋敷の前だった。


 小さいと言っても、外装はかなり手が込んでいるのが一目で見て取れる。

 馬車が通って来たと思しき石畳の先にある門扉は頑丈そうなものだったし、レンガ塀も侵入者を防ぐ為だろう。ロゼリエッタの背丈より遥か高く積み上げられている。それなりに身分の高い人物が所有する屋敷なのだと一目で分かる造りだった。

「母が、生前住んでいた屋敷です。あなたにはしばらくここでおとなしくしてもらいます」

「騎士様のお母様が……」

 クロードの母であるグランハイム公爵夫人は、もちろん今もまだ健在している。ならばクロードと騎士はやはり別人だということだ。――その言葉が真実であるのだとしたら、の話ではあるけれど。


 ロゼリエッタが真偽を知る術はない。だからどうとでも説明できた。

 そう考えて、クロードかもしれないと思っている人物の言葉を疑っている自分に気がつく。

 結局のところ、自分にとって都合の良い事実が欲しいだけなのだ。この場所を彼がグランハイム家の所有物だと説明していたら、同一人物なのだと確信を持ったに違いない。

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