白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
「それ以上、心にもないことを仰ってご自分の心を傷つけてはいけません」

 騎士は今度は静かな声で言い含めるように告げた。白い手袋を外し、ロゼリエッタの頬に触れる。


 指先で目尻を拭う仕草に、自分が泣いていると初めて気がついた。

 でも、この涙の理由は覚えのない大罪を背負わされ、アイリたちと引き離されたせいだ。クロードかもしれない騎士は関係ない。

 だけど温かい手に、もっと泣きそうになる。

「――それが、本当の君の姿なのかな」

 小さな呟きが聞こえた。

 躊躇(ためら)いがちにそっと視線を向ければ、何故か騎士がひどくつらそうな表情をしている。


 どうしてそんな顔を見せるのか。

 ならば逆にロゼリエッタの方が聞きたい。

(あなたの本当の姿は、どのようなものなのですか。一度でも、それを私に見せて下さったことはあるのでしょうか)

 けれどその疑問もまた飲み込んだ。

 そうして、先に視線を外したのはロゼリエッタだった。騎士の手も、ゆっくりと離れて行く。最後に会ったあの日、クロードに「行かないで」とは言えなかったように、その手を引き留める言葉も言えなかった。


 ロゼリエッタは膝の上で指を組み俯く。


 馬車の車輪が立てる音は、ロゼリエッタの運命の歯車が回る音のようにも聞こえた。

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